ジュエリーボニーの正体を再考察


ワンピースの謎解きとして最も有名なものの一つがやはり、ジュエリー・ボニーの正体に関する問題です。

色々な説がありますが、以前の記事で私個人の見解をお話ししました。

今日は、今の段階で噂されるジュエリー・ボニーの正体に関する問題を踏まえて、私の個人の見解を改めてお話します。

まず、インターネット上で噂されているジュエリー・ボニーの正体にの予測として以下のようなものがあります。

  • エースの姉妹
  • エースの母ルージュ本人
  • ルージュの姉妹
  • ロジャー海賊団の一員
  • ルフィの母

以上ですが、それぞれ考察します。

エースの姉

エースの姉だったという予測の根拠は、エースが死んだ時に泣いていたことやエースがルージュの胎中に20ヶ月いたこと等です。

ですが、エースが死んだ時に泣いたその泣き方が個人的には「母親としての涙」には思えませんでした。

母親だったら、もっと深い悲しみに襲われて、尋常ではない泣き方になるはずです。

ですので、母親よりは姉と考えたほうが妥当ではないかと思いますが、それにしても姉としてもちょっと遠いかなぁと感じました。

また、エースの姉だった場合は、歳の差がかなり離れていないといけません。

なぜかいうと物心がついていなければ、悪魔の実の能力を発動して、胎中にいたエースの成長をコントロールすることができないと考えるからです。

もし、エースと3~4歳の歳の差であれば、エースが胎中にいた時に姉であるボニーが幼すぎて、能力発動は難しいと考えるべきなので、もし姉だとしても最低でも7歳程度の差があるべきでしょう。

エースの母ルージュ本人

これはあり得る予測ですが、心情的に考えづらいと思います。

なぜかというと、エースが獄中にいる時に、ジュエリー・ボニーがあのように距離をおいて見ていたと言う事実です。

獄中から処刑までの間に、何も手が出せないということは解っていても、母親であれば、もう少し行動を起こすのではないかと思うのです。

つまりエースが獄中に入って、処刑台に登るまでの間のジュエリー・ボニーの行動がおとなしすぎたので母親らしくないと考えています。

ルージュが確実に死んだかどうかは明確にされていませんが、もし生きていたとしてもジュエリー・ボニーではなく、他の形で登場するのではないかと考えてしまうくらいジュエリー・ボニーの状態が母親らしくないと感じたので、個人的にはルージュ本人ではないと考えています。

ルージュの姉妹

これもあり得る気がします。

キャラクターの性格的にも心情的距離的にも納得できる立場です。

エースが処刑になる前後に母ルージュ本人であれば、パニックになるはずですが、いくら泣いていてもボニーはある程度正気の状態でした。

ですので、母よりも母の兄弟、、つまりエースの叔母に当たると考えるのがより近いように個人的には思います。

ロジャー海賊団の一員

これはかなり納得のできる考察です。

他のサイトなどを見てみると、

ゴールド・ロジャーのゴールドは金
シルバーズ・レイリーのシルバーは銀
ジュエリー・ボニーのジュエリーは宝石を表すので、ロジャー海賊団のクルーとして尾田先生が設定しているのではないか?と言う考察です。

ルフィの母

私個人的には、これが正解ではないかと思います。

ポジション的に納得出来ますし、この設定が一番面白いのではないかと思います。

ルフィがエースの救出時に、ルフィの母であれば、もう少し冷静さを無くすのではないかとも考えることができますが、そこは描写されていないと考えても十分許容範囲のアクションだったと考えます。

私が一番ルフィの「母に違いない!」と考える根拠は「大食い」な所です。

エースも大食らいではありますが、ルフィやボニーほどではないように思います。

あのレベルで大食いなのは漫画の中ではルフィ以外出て来ません。

なので、あの大食いレベルは血統や遺伝的なつながりがなければあり得ないとも考えるのです。

くだらない根拠のようですが、「大食い」というのは最も納得のできる根拠ではないかと思うのです。

そうなると、ルフィの姉という見解も出てきますが、ガープの態度やドラゴン、世界政府に関係していたということから、姉よりは母親と考えたほうが可能性が高いのではないかと思います。

以上、ジュエリーボニーの正体に関する再考察でした。

ご意見ありましたら、お願いします。

黒ひげの戦略的思考とルフィの純粋な心の善悪対立


以前に、黒ひげの生き方についての記事を書きましたが、今回もそれに関連する内容です。

私自身、この黒ひげの生き方というのは、非常に魅力を感じます。

もちろん、残虐かつ自己中心的なところがあるので、そこは共感できない部分が多いのですが、その戦略的思考に関しては、とても勉強になり、私も「このようにやってみたい!」と思うのです。

黒ひげの名言に「やめときな 正義だ悪だと口にするのは、この世のどこを探しても答えはねェだろ、くだらねェ」というのがありますが、これは、ワンピースと言う漫画の背後に流れる裏のテーマだと思います。

ワンピースの伏線研究家や謎解き研究家の人たちの間では、ワンピースの歴史の「空白の100年」は、世界政府が海賊だった時代だという説があります。

そもそも海賊が主人公であり、「正義」の二文字を掲げる海軍が敵であるという設定の「ONE PIECE」という漫画は、正に善悪というテーマに挑んでいる漫画では無いかと思うのです。

善と悪という結論の出ない問題に対して問題定義しているのではないかと思うほどです。

海賊と世界政府というポジションとか立ち位置で善悪が決まるのではなく、結局、私の個人的見解では、善悪の結論は「心」の中の思いが全てではないかと思うのです。

孔子の弟子に孟子と荀子という人がいますが、彼らはそれぞれ人間が元々善であるという立場の「性善説」と人間が元々悪であるという立場の「性悪説」を説いています。

人間の本来の姿がルフィのような純粋に夢を求め、支配に興味が無い姿ならば、その姿が私達が憧れる姿であり、憧れる姿だからこそ私たちの本来の姿がそのような純粋な善なる存在なのではないでしょうか?

ONE PIECEのラストボスについてはよくよく論じられていますが、ラスボスは、私個人の見解としては、黒ひげなのではないかと思います。

海軍と世界政府という絶対的正義を掲げているポジョション的には善と戦い、そこで善悪はポジョションではなく本質であるというメッセージを投げかけます。

ルフィ達麦わら一味がONE PIECEを目指すのを世界政府は空白の100年が公開されるのを恐れて阻止しようとして、そこで大きな戦いが訪れ、最後には同じ海賊同士でありながら、支配に興味がある腹黒い黒ひげ海賊団と支配に興味のない純粋に夢を追い求めるルフィと麦わら一味の海賊同志の戦いになるのではないかと予測しています。

つまり、善悪のポジションの戦いの末に、より根本的な善悪の戦いとなるわけです。

メラメラの実を誰が食べるのか?


現在、ONE PIECEのマンガの中でコロシアムでの優勝者の賞品となっている「メラメラの実」。

「メラメラの実を誰が食べるのか?」がネット上で今話題の種です。

色々見ていると面白いです。

以下のような意見が多いです。

  • ルフィ
  • サボ
  • コビー
  • サンジ
  • ゾロの剣
  • シャンクス

等などです。

ルフィに関しては、すでにマンガの中でも自分はすでにゴムゴムを食べているから無理、、とフランキーに勧めています。

また、ルフィが黒ひげのようにDの一族なので、悪魔の実を2つ以上食べても大丈夫なのでは?

という見解もあります。

または、2つ目の悪魔の実であるメラメラの実を食べて生死をさまよって結局大丈夫、、というような見解もあります。

ゴムゴム+メラメラだと、ゴムが燃えて臭くてダメだろう、、と言う意見もありますし、、まあここはなんとも言えないですね。

私個人の意見はちょっと多くの人と違っていて、ルフィが食べるということもあり得るが、ベガパンクの研究によって、ゴムゴムの能力を無効化して、メラメラを食べるのではないか?とも考えています。

悪魔の実の能力の伝達経路を解明しているベガパンクの力を借りて、ルフィが何らかの形で、ゴムゴムの実の効果を無効化してしまうというわけです。

「そんなことできるか?」ってことでルフィがベガパンクに喰らいついて、ルフィがゴムゴムをやめて、エースのメラメラの能力を受け継いでルフィは満足するという見解です。

ゴムゴムの能力の面白さを考えると、ちょっともったいないァとも思いますが、ひとつのありえる考えではないかと思うんです。

あるいは、ちょっとロマンが広がる考えですが、ONE PIECEに辿り着く前に、また時は飛んで5年後、ルフィとハンコックの間に子供ができて、その子がメラメラの実を食べるなんてもの面白いと思います。

サボが食べると言う意見が今強そうですが、ONE PIECE編集関係者が「シャンクスが食べる」と言っていると言う話もあります。

また、コビーに食べてほしいと言うファンの要望が強かったりもします。

個人的には、シャンクスにも食べてほしくないし、ゾロはもちろん、サンジにも食べて欲しくない気がします。

見解としては色々ありますが、私としてはやっぱりルフィがゴムゴムとメラメラの2刀流になるというのが、願望ではあります。

ゴールDロジャーの能力は?


ゴールドロジャー能力の能力については、ネット上で色々言われていますね。

能力としては、万物の声が聞けた。とか覇王色の覇気を持っていた。等あると思いますが、悪魔の実の能力についてはどうでしょうか?

ロジャーの悪魔の実の能力について、ネット上でよく見かける見解の中でも特に目立ったものは、以下の2つです。

1,ゴムゴムの実

2,非能力者

風とか嵐系の能力者ではないかという話もあります。

後は、もう色々です。

基本的には、非能力者であるという主張が有力です。

もし、ゴムゴムの実の能力者だったら、昔ロジャーと関わった者達が黙っていないはず、、

また、シャンクスの船員であるラッキー・ルウが「敵船から奪ったゴムゴムの実が、、」という発言をしているため、ロジャーがゴムゴムの実の能力者だった場合、ロジャーの船にいたシャンクスが敵船からゴムゴムの実を奪うのもタイミング的にどうか、、というところ、、

ということで1の「ゴムゴムの実」という見解はあまり説得力が無いという話です。

ですが、漫画の面白さから考えると、ゴムゴムの実の能力者というのもありそうです。

普通に考えたら、非能力者であると考えるのが妥当ですが、こうやって色々想像したり、論ずるのがONE PIECEの面白さの一つですね。

尾田栄一郎先生の構想と評価


尾田栄一郎に対するONE PIECEファンからの評価はいろいろあります。

ONE PIECEという漫画の構想の立て方にいろいろな見解が語られています。

壮大な構想によって描かれていると思われる「ONE PIECE」にも実は様々なツッコミどころがあります。

例えば、「悪魔の実は食べるまで、その実が何なのかわからない」という内容の話が出てくるにも関わらず、第一話では、「敵船から奪ったゴムゴムの実がない」と、すでにルフィが食べる前からゴムゴムの実という正体がわかっていたり、、

また、実態を捉えることができないロギア(自然系悪魔の実)であるエースを捉えた黒ひげに驚いているわけですが、白ひげ海賊団2番隊隊長ともなれば、新世界には入っているでしょうし、新世界に入るほどであれば、周辺に覇気が使える者が沢山いたはずなのです。

そうであれば、あそこまで驚かないと思うのです。

などなど、探せば結構な矛盾点が見つかるのがONE PIECEなのです。

なので、作者である尾田先生に対しても、あとづけで、無理やりつじつまを合わせているという批判の声があったりもします。

また一方では、「最初からONE PIECEのエンディングは決めている」という尾田先生のコメントなどもありますし、先に起こることの伏線を見せたり、また壮大なストーリーが貫かれている内容などから尾田先生の構想力の素晴らしさを天才だと評価する人も多いのです。

つまり、「後付だろ!」という批判と、「先に全て構想が練られている」という両方の評価があるのです。

私個人としては、どっちなのかというと、「両方」だと思います。

私も小学校の頃から週刊少年ジャンプを読んでいましたが、今までは特にジャンプの漫画は行き当たりばったりで、あとで考えたと思われるストーリーのものばかりでした。

どんな超人気マンガでもストーリーの中に矛盾を感じない漫画はありませんでした。

ですが、「ONE PIECE」という漫画は細かいところを覗いて、ストーリー全体に貫かれた一貫性があったんです。

初回のシャンクスの登場やエースや黒ひげの登場時期などもその後の展開が気になり、先を読みたくなる大きな伏線でした。

やはりそのONE PIECEというなんだかはっきりわからないモノをめぐって、壮大なストーリーがすでに構想理想の中にあるというところが驚きましたし、感動を覚えるし、これがONE PIECEという漫画の人気の原因の一つだと思うのです。

ですので、私個人としては、

「尾田栄一郎先生は、ONE PIECEのエンディングやストーリー全体の大まかな構想はすでに決めていて、その他の枝葉の部分は、思いつきなどがふんだんに組み込まれている。」

と考えています。

尾田先生のONE PIECEという作品は、「あくまで娯楽作品」として描いていて、「世の中に対してどうこうと言うメッセージは込めず、受け手に何かを考えさせようという意識はない(Wikipediaより引用)」と言います。

ですので、尾田先生は、この漫画を「純粋に楽しめるもの」にしたいのであって、伏線から考察して、ストーリーを予測するための漫画にしようと元々狙っていたわけではないと思うのです。

壮大なスケールで構想されたストーリーなので、先が気になってしまい、多くのファンたちが先を予想することを楽しんでいるわけですね。

なので、この伏線予想に関して尾田先生が狙っているのかというと、そこまではわかりませんが、ある意味「ONE PIECE」という漫画は、肩の力を抜いて、純粋に楽しむ漫画ではないかと思います。