何百の武器も「腹にくくった一本の槍」には敵わない件

腹にくくった一本の槍


ワンピースアプリで毎日ONE PIECEがが無料でしかもカラーで読めます。

やはり、カラーの方が絵が解りやすくなり、白黒では味わい得なかった格別な良さがあります。

原作を白黒でしか読んだことが無いとしたら、ぜひカラーで読んでみてください。おすすめです。

今回は、ONE PIECEを読んでいると誰もが感動するであろう、心に残る名言を一つ取り上げて見ようと思います。

私もONE PIECEを初めて見た時から心に残っていた言葉
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ONE PIECE名言特選№1「人の夢は!!!終わらねェ!!!!」


ONE PIECEの作中では、魅力的なキャラクター達が、数々の名言を残していますが、その中で私が最も好きなのがこの言葉です。

人の夢は!!!終わらねェ!!!!

人の夢は終わらねェシンプルでダイナミックな一言です。

そして、ルフィ達がベラミー一味からああいった仕打ちを受けていた最中だからこそ、この言葉に深みが出ます。

海賊が夢を見る時代が終わったというセリフの元で、外見も内面も寂れたあの町で、黒ひげという存在は異質な存在でした。

また、大悪党であり、ルフィの宿敵であり、カタキとなる男があのような発言をすることに大きな意味があると思います。

当時のベラミーはルフィが相手にするまでもない小物だったわけですが、それに比較して当時から大志と夢を抱く黒ひげは、ルフィにとって非常にインパクトを与えたはずです。

だからこそ、インペルダウンでルフィ黒ひげと再開した時に、その時の回想シーンが出てきたのです。

ここでただ「夢」と言ったのではなく、「人の」と付けている所にも深い意味があると思います。

人というものは、動物と違う夢を持ちます。

おそらく動物も睡眠中にレム睡眠の時に見る「夢」は見るんじゃないかと思います。

ですが、人間は、その睡眠中の夢を夢と呼ぶだけでなく、将来実現させたいと思っていること、願望、願い、将来達成したい目標のようなもの「夢」と言います。

実現させたいと願っているもの、欲求しているものがだとするなら、というものは人にとって生きがいであり、行動の原動力とも言えるはずです。

将来こうありたい!将来こうなりたい!将来これがほしい!という欲望は、人を行動に駆り立てる力となるはずです。

なので、逆に言うと、というものは失った人生というのは、本当に力の出ない、面白くないものになるはずです。

恐らく黒ひげは、噂では海賊王になるという話もあるくらいなので、ONE PIECEのラスボスになるんじゃないかと個人的には考えています。

そして黒ひげは実在した最強最悪と言われた黒ひげ(エドワードティーチ)をモデルとしています。

つまり、超重要かつ大物でありつつ、大悪党のキャラなのです。

作中でそういう立ち位置である黒ひげのこの言葉は正にONE PIECEと言う作品を象徴するような名言だとも思います。

また、味方や仲間ではなく、悪役、敵役である黒ひげがこのような発言をしたことにONE PIECEの世界のメンタル的な意味での広さや大きさを感じました。

後のルフィ黒ひげの再会が楽しみです。

クザンと「アナと雪の女王」との関係


「アナと雪の女王(原題:FROZEN)」が3月14日に日本公開ですが、私は先んじてこの映画を見ることができました。

非常に映像が美しく、メッセージ性もあって、大ヒットするのも頷ける映画でしたが、ワンピース好きな私としては、やはりこの映画を見たら元海軍大将青雉クザンのことを思い出しました

これはヒエヒエの実の能力だ!

そう思いました。

この映画の主人公の一人、雪の女王ことエルサは、ものを凍らせる力がありますが、その能力が強まり、開放することで、一国を冬の王国にしてしまいます。

ワンピースのクザンもその力の大きさは引けをとらないと思います。

パンクハザードを半分冬にしてしまったことからもその能力の大きさが解ります。

クザンが本気を出せばかなり広範囲に渡って冬にすることができるでしょう。

クザンは、エルサのように、ここまで芸術的なお城を立てたりは、作中ではしていませんが、氷の剣を作ることができますし、「ONE PIECE FILM Z」では、赤犬サカズキとの戦いで失ったと思われる片足を氷で作っていましたので、ある程度の造形美のある作品を作る実力はクザンにもあると個人的には考えています。

よく海外の映画製作者達は、日本のアニメをリスペクトして日本の作品のオマージュと思われる描写を取り入れると聞きますが、もしかしたら、このエルサの能力もONE PIECEのクザンからヒントを得たんじゃないか?とも勝手に予測しています。

クザンの能力(ONE PIECE海賊無双2より)

この「アナと雪の女王」についてのちょっとネタバレになりますが、雪の女王ことエルサは、王位についた直後に隠していた能力がバレてしまい、怪物扱いされて、一人雪山に逃げてゆきます。

そして、その雪山で自分の能力を解放して生きてゆく決意をしてゆくシーンが最初に貼った動画です。

このエルサクザンの人生が私の中で重なりました

エルサの場合は、女王というポジションと王国からの解放、そして、クザンは海軍大将というポジションと海軍からの解放です。

クザンは、海軍から出た後、こんなセリフを言っています。

最初から世界政府が全てとは思っちゃいねェよ
海軍に所属しなくても実行できることはある
所属しねェから見えてくるもんもある……

ONE PIECE 第699話より

「所属しねェから見えてくるもんもある」というわけです。

束縛されていたところから解放されることで、囚われのないものの見方ができるようになることもあると思います。

クザンが長い間勤めていた海軍をやめたというところが個人的にこの「アナと雪の女王」のエルサと被りました。

偶然なのかもしれませんが、、

私達もある意味組織から解放された立場で物事を見ることは必要かも知れません。

そうすれば、今までと違った見方ができるでしょう。

・・・

一番最初の動画は、このアナと雪の女王の主題歌「Let it go」です。

これは日本語で言うと、「それを手放す」、、、というような意味になるそうです。

この「Let It Go」日本語バージョンのでは「ありのままの」「ありのままで」「これでいいの」等と複数に訳されて歌われています。

最後に日本語版(松たか子)の動画を乗せますので、歌詞を噛み締めながら聴いてみてください。

「自分も本当の生き方を求めたい!」

「自分の道を行きたい!」

そう思うかもしれません。

日本語版↓

25ヶ国語版↓

敗北感からの立ち直りのための「ONE PIECE」からのメッセージ


ONE PIECEの大きなテーマの一つが「敗北感からの立ち直り」だと思います。

尾田栄一郎先生によると、物語の半分まで進んだのが2010年7月くらいだそうなので、だいたい頂上戦争終結のあたりが物語の半分と考えることができます。

物語のちょうど半分で、ルフィが大きな挫折をしてしまい、そこから立ち上がるのです。

挫折から立ち上がり「3DX2Y」という決断を仲間たちと一緒にするという驚愕のストーリー展開でした。

このことから、ONE PIECEという作品の中で尾田先生は「夢の実現のためには挫折から立ち直らないと行けない」ということを私達にメッセージしたかったのではないかと思うのです。

尾田先生の人生が挫折からの成功の人生だとは個人的には考えにくいですが、今のような大きな成功を得るために挫折感を味わったり、敗北感を味わったりももしかしたらされたかも知れません。

そして挫折から立ち直るためのキーパーソンとなるのが海侠のジンベエでした。

失ったものばかり数えるな!!!無いものは無い!!確認せい!!お前にまだ残っているのもは何じゃ!!!

ONE PIECE 第60巻より

仲間この問いに対してルフィから出てきた答えは「仲間」でした。

これまでの航海で得た来て仲間との「絆」!これがルフィが敗北感から立ち直る「鍵」となったのです。

ONE PIECEから放たれる大きなメッセージが、、

「夢の実現のためには挫折、敗北から立ち直り、立ち上がることが必要」だということ。

そして、挫折、敗北から立ち直り、立ち上がるための力が「仲間」であることだと思うのです。

ゾロがミホークに弟子入りした理由


今日はONE PIECEの作中では少し前のネタになりますが、私達が生きる上で参考になる内容を記事にしようと思います。

漫画の設定上の2年前、ルフィが頂上戦争で大きな心と体の傷を負いました。

そして、その後もう一度挫折から立ち直って2年間の訓練を決断しました。

ルフィの決断によってロロノア・ゾロも大きな決断をします。

ゾロがした衝撃の決断はミホークへの弟子入りでした。

これには驚きましたし、ゾロのその心意気に感動し、ワクワクドキドキしました。

私の中ではONE PIECEの中の屈指の名シーンの一つです。

どうやら野心に勝るものを見つけたようだな

ONE PIECE 第597話より

ミホークの言ったこのセリフがゾロの心理的変化、および心的成長を表しています。

これは私個人の考えですが、人間の成長とは、自分の欲望の実現よりも他者の欲望の実現を願うようになることだと考えています。

自分以外のものや人のために自分を投げ打つ覚悟ができるというのは人間として人格の大きな成長ではないかと思うのです。

ルフィの仲間になったゾロの動機は世界一の剣豪になることでした。

その野心の前に立ちはだかったのがミホークであり、そのミホークがゾロの宿敵でもあり、ライバルでもあり、目標でもあったわけです。

世界一の剣豪になることは世界一の剣豪を倒すことを意味するので、2年前のあの時(頂上戦争後)までは、ミホークに勝つ」というのが、ゾロにとっての最終目標と言ってもよかったのです。

その倒すことを目標にしていた相手から教えを請うという事は、プライドを捨てることであり、恐らくゾロは私達の考えている以上に自分の感情をのり超えていると思うのです。

だからこそ、ミホークに「どうやら野心に勝る物を見つけたようだな」と言わしめたのです。

ゾロの個人的願望としては、自分の力で世界一の剣豪となり、ミホークを倒すこと。

ところが、その自分自らの力で世界一の剣豪になるという野心を、その時にゾロは捨てた。

他者の夢の実現のために、自分の野望を捨てると言う生き様

いやさらに言えば、他者の夢を自分の夢とするということです。

これはとても高尚な生き方です。

スポーツ等で言えば、チームがナンバーワンになるために自分を投げ出すということ。

人は愛する人がいれば、その人のために生きようとします。

親に対する孝行の気持ち、妻や夫に対する愛情、子供に対する愛情。

人は親になるといつの間にか自分の事を忘れて子供のために生きるようになったりします。

世界一の大剣豪になるためにルフィの仲間となり、海賊になったゾロですが、今は目的が広がったように思います。

ゾロは現在、ルフィ海賊王にすることに大きな価値を感じているのではないでしょうか?

だから、ゾロは自分の野心を捨てて、ミホークに弟子入りしたのでしょう。

ドンキホーテ・ドフラミンゴと世界政府の関係


ドンキホーテ・ドフラミンゴが最近ONE PIECEを盛り上げてくれていますね。

「実は七武海を辞めていなかった」という誰も予測できないような事実が解りました。

そんなバカな事するハズがないと思う固定観念が人間の”盲点”を生む…!!

ONE PIECE 第712話より

この言葉もドフラの名言の一つでしょう。

トラファルガーロー達だけでなく、読者の誰もが「そんなバカな事するハズがない」と思うでしょうし、そもそも考えもつかないはずです。

まさにまさかの出来事でした。

そして、このドフラミンゴがなんでそんなあり得ない「バカな事」ができたのか?と言うと、それはドフラミンゴのポジョションによるところが大きいようです。

ローがこんなことができるのは、「この世じゃ天竜人くらいのもんだ」と言っていますが、ドフラミンゴ天竜人ではないかという予測が流行しています。

天竜人そのものなのかはまだまだ分かりませんが、海軍以上の権力である世界政府とつながりがあるということは間違いなさそうです。

以前にドフラが言った名言でこんなのがあります。

海賊が悪!? 海軍が正義!?
そんなものはいくらでも塗り替えられてきた!!
平和を知らねぇ子供共と、戦争を知らねぇ子供共との価値観は違う!!
頂点に立つ者が善悪を塗り替える!!
今この場所こそ中立だ!!
正義は勝つって!?そりゃそうだろ!!
勝者だけが正義だ!!!

ONE PIECE 第556話より

これはまさに「勝てば官軍」と言うことわざのような善悪観を語っている言葉ですが、この言葉の中の「海賊が悪!? 海軍が正義!?そんなものはいくらでも塗り替えられてきた」という所に注目です。

この表現から推測するに、ドフラミンゴは過去の歴史を知っているということが推測できます。

「空白の百年」を五老星を始めとする世界政府が隠す理由がこの部分に関係していると言われていますが、この「善悪が塗り替えられてきたという過去」をドフラはこの時点で「既に知っている」ということです。

ドフラミンゴが世界と歴史の裏側を知っているからこそ、世界政府と密接につながっていていて、五老星や天竜人を動かすほどのポジョションに立っているのだと言えるでしょう。

黒ひげの戦略的思考とルフィの純粋な心の善悪対立


以前に、黒ひげの生き方についての記事を書きましたが、今回もそれに関連する内容です。

私自身、この黒ひげの生き方というのは、非常に魅力を感じます。

もちろん、残虐かつ自己中心的なところがあるので、そこは共感できない部分が多いのですが、その戦略的思考に関しては、とても勉強になり、私も「このようにやってみたい!」と思うのです。

黒ひげの名言に「やめときな 正義だ悪だと口にするのは、この世のどこを探しても答えはねェだろ、くだらねェ」というのがありますが、これは、ワンピースと言う漫画の背後に流れる裏のテーマだと思います。

ワンピースの伏線研究家や謎解き研究家の人たちの間では、ワンピースの歴史の「空白の100年」は、世界政府が海賊だった時代だという説があります。

そもそも海賊が主人公であり、「正義」の二文字を掲げる海軍が敵であるという設定の「ONE PIECE」という漫画は、正に善悪というテーマに挑んでいる漫画では無いかと思うのです。

善と悪という結論の出ない問題に対して問題定義しているのではないかと思うほどです。

海賊と世界政府というポジションとか立ち位置で善悪が決まるのではなく、結局、私の個人的見解では、善悪の結論は「心」の中の思いが全てではないかと思うのです。

孔子の弟子に孟子と荀子という人がいますが、彼らはそれぞれ人間が元々善であるという立場の「性善説」と人間が元々悪であるという立場の「性悪説」を説いています。

人間の本来の姿がルフィのような純粋に夢を求め、支配に興味が無い姿ならば、その姿が私達が憧れる姿であり、憧れる姿だからこそ私たちの本来の姿がそのような純粋な善なる存在なのではないでしょうか?

ONE PIECEのラストボスについてはよくよく論じられていますが、ラスボスは、私個人の見解としては、黒ひげなのではないかと思います。

海軍と世界政府という絶対的正義を掲げているポジョション的には善と戦い、そこで善悪はポジョションではなく本質であるというメッセージを投げかけます。

ルフィ達麦わら一味がONE PIECEを目指すのを世界政府は空白の100年が公開されるのを恐れて阻止しようとして、そこで大きな戦いが訪れ、最後には同じ海賊同士でありながら、支配に興味がある腹黒い黒ひげ海賊団と支配に興味のない純粋に夢を追い求めるルフィと麦わら一味の海賊同志の戦いになるのではないかと予測しています。

つまり、善悪のポジションの戦いの末に、より根本的な善悪の戦いとなるわけです。